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LiB-log

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僕はなぜ起業したのか?

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秋晴れが心地よい三連休。

色々な本を読み、人に会うことで
なんだか、考えさせられる事が多い。

自分の思考の整理の為にも
もやもやを書き記しておこうと思う。

備忘録的なメモなので
長文、乱文ですが、

少しでも興味のある方が読んでくださって
少しでも共感する人が居てくれれば、、、と
あえてBlogに書いてみます。

暇な人だけ、どうぞ。


______________________________


すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、
立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする


個を尊重し、自由及び幸福の追求は
日本国憲法第13条でも謳われているように
国民の権利だ。

「幸福の追求」とあるが、
「今日よりも明るい明日へ」という想いは
皆、共通の願いだろう。


幸福の定義ってなんだろうか?


・家族との愛を実感するとき
・美味しい物を食べるとき
・努力が成果に繋がり達成感を実感したとき
・承認欲求が満たされたとき
・恋人と一緒に居るとき
・経済的な自由を得たとき


全部当てはまる気もするし、
自分の状況や環境、タイミングによって異なる気もする。

というか、人によって幸せの定義なんて
テーマも、表現も、タイミングも、優先順位も
全てが、人それぞれに異なる物なんだと思う。


一方で、人生は一度きりである。

時間は有限であり、
産まれたその日から3万日しかない。

30歳の時点で1万日は消化し、
三十路の誕生日からは、残り2万日しかない。


人はいつの日か必ず死ぬモノであり、
時間が有限である事を考えると

雑に定義をすると、幸せとは
「自分が生きたい日々を過ごしていること」
なのでは無いだろうか?

3万しかない日々において
どのようなストーリーを描きたいか。

どんな感情を大切に
どんな体験を大切に
日々を生きて行きたいのか?

誰かに押し付けられるのでも無く、
声の大きい誰かの’正解’に流されるでもなく、

「自分の生き方の軸に沿って決断をする」こと

言い換えれば「自己実現」こそ、
幸せなのでは無いだろうか?


______________________________



しょーも無い所で言うと
僕は、美味しい物を食べることが大好きだ。

生物は、究極的には
寝て、食べて、生殖する生き物なので
その3大欲求の1つである食に関して

普通の生物であれば
「生命を維持する」ことを目的に
栄養を確保するだけでも一大事の中、

幸福にも現代社会に生きる人間である僕は

肉も、野菜も、魚も、穀物も
何でも食べられる雑食動物であり、

さらには
先人達が、あらゆる物を
あらゆる工夫で美味しく食べられる知識を
残してくれていて、

お金だけ支払えば
そのような先人達の恩恵を
最大限に享受できる現代において

美味しい物を食べるという行為は
大げさな表現抜きにして
人生において優先順位がかなり高い。

なので、食に使うお金は
自分の中では贅沢ではなく優先順位の高い費用であり
美味しい物を食べる日々は「自己実現」だ。

でも、人によっては食事のように
「形に残らない物に、高いお金を使うのはもったないない」
という人もいる。

これは1つの例だけど
要するにどちらもその人の価値観なので
正解などない。

要は自分がどう生きたいか?だ。

一人でも多くの人が
自己実現を実行している社会は
とても魅力的なのではないだろうか?


______________________________



僕は働くことが好きだ。

人は群れて社会を形成し生きる生き物なので
僕自身も、社会に参加させてもらう以上、
出来る限り多くの付加価値を提供し、
役に立ちたい、と思っている。

じゃあ、どのような部分で役に立ちたいか?

それが起業する際に
ずっと考えていたことだ。

色々考えたのだが、結論は
「どうせ役に立つなら、自分が良いと信じられるモノで」。

じゃあ、何を良いと信じるか。

自分の仕事(=社会参加の付加価値)を通じて
幸せな人が増えればいいな、と思った。

じゃあ幸せってなんだろうか?

幸せに対して
唯一絶対の定義が無い以上、

人がみな「自分それぞれの自己実現(=幸せの実現)」に向かい、
生きれる日々を実現する事なのではないだろうか、と。

そうすれば
明るい人が増えるんじゃないだろうか、と。

明るい人が増えれば、
社会も明るくなるんじゃないか、と。


じゃあ、自己実現って何だ?

それは、
やらされ感を持って生きる事ではなく
ステレオタイプなルールに従う事でもなく、

自分で考え、決め、生きている状態なのではないだろうか?と。

要するに
主体性のある日々を生きる事なのではないだろうかと。


そのような社会の実現に向けて
いま、このタイミングで
何に挑戦する事が、インパクトがあるのだろう?

今まで僕が見てきたシーンの中で、
今まで経験して来たことの中で、

このような想いをもって
解決したい、変えたい世界は何なのだろう?

そう考えた時に選んだテーマが
自己実現に対するジェンダー格差の排除」だった。


1度きりの人生。
有意義に生きたい。自分が描くように生きたい。
自己実現したい、、、という想いは
男女共通だろう。

そして、そこに男女の制約条件はいらないはずだ。

自己実現を応援するという意味では
色々なアプローチがあったと思う。
旅行、学習、健康、食事、出逢い、etc

でも、リクルート、トレンダーズと
数多くの女性たちと働いて来た僕の原体験が
「働く」というテーマにおいて
まだ根深く残っているジェンダー格差に対し、
挑戦したい、という想いを起こさせた。


仕事をする=社会に参加し付加価値を提供する

その事を通じて、
承認欲求を得る。
経済的な自由を得る。
自信を得る。
仲間を得る。

仕事というのは
人生において投下する時間が大きい以上、
自己実現というテーマにおいても
大きなウェイトを占めていると思う。

働く喜びを
1人でも多くの人に。

そして、
その選択肢において
ジェンダーの格差をなくしたい。

別に
男性的な社会に、
女性を合わせたい訳じゃない。

逆に
女性ひいきな社会を創りたい訳でもない。

そして、
男女の働き方が
まったく一緒になるとも思っていない。

理想は
男女とか性別なんて関係なく、
「多様な働き方を選べる選択の自由」と
「それに伴う責任が公平な世界」
だ。

働く場所も、時間も、アウトプットも
自分の価値観に沿って選べる代わりに

それに付随する責任も、期日も、
そして評価・報酬もきちんと受け止める。

ルールも責任も、
評価も報酬もフラットな世界。

そんな「多様性を前提としたフォーマット」があれば
多様な社会参加が可能となる。

大切なことは
社会参加のフォーマットの種類、
要するに、選択肢の数だ。


今までの働き方は
フォーマットが画一的すぎる。

しかも
正社員、フルタイム、残業前提。
どれもこれも「企業戦士型男性仕様」のフォーマットだ。

多様な価値観が生まれ、
多様な生き方、自己実現を求める人が
より増えて行く今の時代において

このフォーマットは
女性のみならず、
早晩、男性にも限界が来ると思う。

僕の周りの優秀な男性ほど、
時間も、場所も、囚われずに
自分自身のフォーマットで社会参加している。


多様な人々が、
多様なフォーマットの中、

自分らしい価値観に基づいて
社会参加し、自己実現が描けるための
選択肢を実現したい。

僕の起業の想いは
この言葉に集約できると思う。


その上で、僕は
圧倒的に「ミスマッチ」が大きく
多くの不を抱えている女性をテーマに選んだ。

逆に言えば、
いま女性と社会におけるミスマッチを解消し
多様な社会参加を実現する事ができれば

それは,男性にとっても
「多様な働き方」を実現させ、

「男性なんだからフルタイム、バリバリがんばろう」
みたいな画一的な価値観ではなく、
多様な価値観に基づいた
自己実現の選択肢を実現できるはずだ。


これを、どの領域から、どの順番に
どうやってビジネスとして成立させながら実現するのか。

自分たちの立ち位置、実力、
社会的な影響力、資本力、
それぞれによって戦い方が変わるので

フェーズをはき違えず、
山頂までの登頂計画を間違えずに
道を進めて行く事が、
経営者としてすべきことだと思ってます。


別に、女性だけをターゲットにした
会社・組織を作りたい訳でもない。

人材ビジネスだけがやりたい訳でもない。


多様な人々が、
自分らしい価値観に基づいて
社会参加し、自己実現が描けるための
選択肢を実現したい。

そして、事業体・組織体に関しては

事業ありきの組織を創るのではなく、
組織ありきの事業を創りたい。

誇れる仲間と、誇れる組織文化の中、
誇れる事業を展開して行く。

この順番が僕の理想であり、
作りたい組織なんだと確信した。

スタートアップブーム、起業ブームの最中、
色々な面白いアイデアや、プロダクトが
世の中を騒がせているが、

このブログにもあるように
起業おじさんの戯れ言2014|近江商人JINBLOG

自分のペースを崩さす、勝ちパターンを崩さす、

自分らしい組み立て方で組織&事業を組み立て、
自分らしいオリジナルの発揮の仕方で
山頂に向けて、歩を進めよう。


______________________________



最後に、話はグッと変わるけど
国も、組織も、個人も、

右肩下がりの状況ほど
気持ちが重く、テンションが下がる事はない。

大事なことは
結果はどうなるかはさておき、
「今日より明日は明るい日だ!」と信じられる
右肩上がりの日々なんだと思う。

僕は、自分がバックパッカーをしながら
世界を旅する中で、どこの国に行っても
「日本は素晴らしい」と実感する事が多かった。

人の優しさ、律儀さ、
文化、食べ物、安全、全てが誇らしかった。

その誇らしかった日本という社会が
右肩上がりの雰囲気に包まれ
皆がポジティブになれば、、と願っている。

日本の景気は20年は絶対に回復しません!(最低で)(長谷川豊)


このブログに書いてある事も
ごもっともだと思う。

ほとんどの国家経済において
小さな経済対策どうこうよりも
ほとんどが、人口ボーナス/オーナスに依存することは
発展途上国を回った肌感覚で理解している。

だからと言って諦めるのではなく、
少しでもこの状況を改善する為に
自分でも何かしたい。

海外移民の受け入れ、
ロボットの代替化、
色々な選択肢はあるだろう。

でも、言語の壁も高く
石油などの天然資源も乏しい日本において
一番の国家資産は優秀な労働力であり、

そこの数と効率を上げないことには
この問題は解決しないと思っている。

だからこそ。

多様な価値観を持った人が
多様なフォーマットで
多様な社会参加を実現する事により、

そもそもの社会参加数(=労働力人口)を増やし、
数を増やすだけではなく、
多様性によって効率化を実現する。


そんな解決のアプローチは無いのだろうか?

僕は、起業という挑戦によって
仲間達と一緒に、このテーマに一石を投じてみたい。


昨日、尊敬するとある社長がこう言っていた。


選択と決断は違う。

選択とは確定要素の中で
AかBかを選ぶ行為。

渋谷から新宿に向かう時。
Aルートの乗り換えなら15分、
Bルートの乗り換えなら10分。
じゃあ、Bルートで。
それが選択。

一方、決断とは、

不確定要素の中、何かを決定し、
決定を下したその瞬間には、
その決定が正解か不正解かは誰にも分からないが、
中長期の時間軸の中、
自身の行動と努力によって
その決定を正解に導く覚悟までを含めた言葉。

僕の起業という決断、
そしてこのテーマを選んだという決断、

この決断を正解にするか不正解にするかは
自分次第なので、

結論は、今日も明日も頑張ろう、という事なのです。